Less is more

石上純也という建築家について

「図面がただの図面であってはならない。建っておわりの建築なんてつまらない。」 石上純也
c0142877_12314651.jpg

何なんでしょうかこの忙しさは。今期は暇なんかなーのんびりできるなーと思っていたら突然の鬼ラッシュ。半ばヤケクソなスケジュールだけど、ともかく仕事があるのはありがたい。しかしまぁどれも中華人民共和国物件ばかり。金持ってるんですね~チャイナ。この不況下で経済成長率8%とかあるんでしょ、おそるべし大国。そんなクソ忙しい中、無理に時間を割いて石上さんの公演を聴いてきました。そこら中引っ張りダコの言わずと知れた建築界のスーパールーキー。なんで彼がそんなに持て囃されてるのか話を聞いて今更分かった。ぱらぱらっと作品を見て、SANAA出身だけあって表現も似てるからその延長線上のことをやってる人なんかなと思ってたらまるで違った。これまでのどの建築家ともびっくりするほど種類が違う。違いすぎる。彼の作品には建築特有のある種の脅迫感とか高圧的な主張がない。小難しい英単語を並べた理論をこねることにしか能のない建築とは一線を画し、建築よりも先にシーンが見えてくる。その断片的なシーンがいくつも重なってそれらがバランスすることによって初めてジワジワっと全体像が見えてくるような特殊な建築。彼はその制作の過程において膨大な模型スタディとドローイングから多角的に検証して全体感を導き出していくような手法をとっている。はじめから決め付けた出口にむかってプロジェクトを丸め込んでいくような傲慢さが微塵もない。その空気のような自然さが建築に出ている。緻密な計算を練りながらその意図が気配を消している。それって禅に通じるものを感じるというか、日本人にしかできないデザインのひとつの境地だと思う。このお方はそれができる。その意図は本人の口から聞いて初めて真意に触れることができる。雑誌の写真だけではすべてを読み取ることができない。「建築は建っておわりじゃない。」「写真は建築の再現ではない。」と繰り返し言っていた。写真は写真でまた別の建築だし、模型は模型でただの縮尺モデルではなく別の建築。それぞれにそこでしかできない見せ方があるし、それぞれが建築として成立し得る。完成した建物が、その後はメディアの上で別の切り口で展開されていく終わりのない建築。そのスタンスの圧倒的なオリジナリティが評価されているのだと思う。進行中のプロジェクトがどうなっていくのか楽しみでしょうがない。
JDN紹介ページ→石上純也
[PR]
by yamayakosuke | 2009-03-26 13:01